京都地方裁判所 昭和39年(行ウ)9号 判決 1966年4月15日
原告 葵タクシー株式会社
被告 京都府地方労働委員会
訴訟参加人 葵タクシー労働組合 外一名
主文
被告が参加人両名を申立人、原告を被申立人とする京都地方労働委員会昭和三七年(不)第一五号不当労働行為救済申立事件について、昭和三九年六月五日付でした別紙(一)記載の主文の命令はこれを取消す。
訴訟費用は原告と被告との間に生じた部分は被告の、参加によつて生じた部分は参加人両名のそれぞれ負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告の求める裁判
主文第一項同旨及び、訴訟費用は被告の負担とする。との判決。
二、被告及び参加人両名の求める裁判
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決。
第二、原告の主張
一、(本件に至るまでの経過)
原告は一般旅客自動車運送業を営んでいるものであるが、昭和三七年九月二九日、その従業員でタクシー運転手をしている楠田俊雄(以下楠田という)を、昭和三七年一月以降同年八月迄の水揚業績が劣悪で就業成績も甚だ不良であるという理由で、懲戒解雇した。
ところが、楠田の所属する参加人葵タクシー労働組合(以下単に組合という)及び組合が加入している参加人全国自動車交通労働組合京都地方連合会(以下単に地連という)は、右解雇(以下本件解雇という)を労働組合法第七条第一号に違反するものとして、被告に対して、同法第二七条による救済の申立をした。
被告は右申立に対し、申立人参加人両名、被申立人原告の京都府地方労働委員会昭和三七年(不)第一五号事件として調査審問し、その結果参加人両名の主張を容れ、昭和三九年六月五日、原告に対し別紙(一)記載の命令(以下本件救済命令という)を発し、同月一九日右命令書写を原告に交付した。
二、(本件解雇の理由)
(一) 原告と組合との間に昭和三六年一二月二五日に成立した労働協約(以下本件労働協約という)第六・七条及び原告会社の就業規則(以下単に就業規則という)第九条によれば、組合活動は原告の承認がある場合以外は就業時間内に行うことができないこと及び欠勤して行うことができないことになつている。
然るに、楠田は、組合の副執行委員長として、別紙(二)就業規則並びに労働協約違反組合活動一覧表記載のとおり昭和三七年四月以来本件解雇に至る迄二〇回に亘つて、右諸規定並びにその都度発せられた就労の業務命令或いは警告、戒告に従わず、就業時間中に、組合活動と称して原告の従業員である組合員を召集して会合を開いて従業員の就業を放棄させたり自からも地連執行委員会等に出席したりして就業しないか或いは欠勤する等の行為を繰返した(以下本件組合活動という)。
(二) 右(一)項の違反行為の結果、別紙(三)昭和三七年度タクシー料金水揚高一覧表記載のように、楠田のタクシー料金水揚高は甚だ少なくなり、昭和三七年七月の如きは、原告から同人が受取つた給料が同人の水揚高を上廻るようなことになつていた。このような楠田の存在は企業を営む原告にとつては大きな損害であり、原告の営業成績不良の一因となつていた。
(三) ところで、就業規則による賞罰規程第八条第八号によれば、正当な理由なく命令に従わずこれを拒否すること一年に三回以上に及ぶ場合でその違反行為が原告の規律、人命、財産又は運営に重大な危険があるときには懲戒解雇できることになつているところ、楠田の右業務命令不服従の行為は、正にこれに該当する。従つて本件懲戒解雇は理由がある。
三、(本件救済命令の違法性)
(一) 然るに、被告は、原告・組合間には組合から原告に届出るだけで、就業時間中の組合活動が許されるとの労使慣行が存在し、かつ昭和三七年四月から本件解雇に至る時期には原告・組合間は争議態勢下にあつたから、いずれにしても、本件で問題になつている程度の就業時間中の組合活動は正当であるとの判断の下に、正当な組合活動によつて生じた就業成績不良の結果は止むをえないから正当な解雇理由にならず、本件解雇は寧ろ楠田が右のような組合活動をしたことを理由になされたものであるから、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に当るという。
(二) しかし、当時原告・組合間には右のような労使慣行も、本件のような就業時間中の組合活動を正当とする程の争議も存在しなかつたから、楠田の本件就業時間中の組合活動は違法なものである。
よつて、原告の本件解雇は楠田が正当な組合活動をしたことを理由とするとして、なした被告の本件救済命令は違法であり、取消さるべきである。
(三) 又、本件救済命令の「同人の受くべかりし給与相当額」は、その内容が不明確かつ不確定であるから、本件救済命令の主文中原告に対し楠田に右「給与相当額」の支払を命ずる部分は、この点から言つても違法であり取消さるべきである。
第三、被告の主張
一、原告の主張一項の事実、被告が原告主張日時その主張のような救済命令を発したこと、これが原告主張日時原告に交付されたこと、は認める。
二、(楠田の本件就業時間中の組合活動の正当性)
(一) 本件労働協約並びに就業規則中に原告主張のような諸規定の存在したこと及び楠田が右諸規定、原告の戒告、警告並びに就労するようにとの業務命令に反して、別紙(二)記載の通り就業時間中に組合活動を行つたことは認める。
(二) しかし、本件労働協約の各条項は、原告・組合双方ともに当初から忠実に履行する意思に欠け、例えば、クローズドシヨツプ制の規定については双方とも関心を持たず、経営協議会に関する規定についても組合の再三の要求にかかわらず原告はその設置開催に応じない状態であつた。就業時間中の組合活動についても、本件労働協約成立後も、それに関する規定は履行されず、昭和三六年八月九日の組合結成以来引続いて、組合から原告に対する当初は口頭又は電話による、後には書面による、事前又は事後の届出だけで事実上許可されており、それが原告・組合間の労使慣行となつていた。
(三) 然も、原告が業務命令違反を主張する昭和三七年四月から九月二九日迄の間、原告と組合との間は、参加人両名が主張するように、正に争議態勢下にあつた。
このような状態の下では或る程度の就業時間中の組合活動は許され、楠田の本件就業時間中の組合活動は正当性の限界を越えていなかつた。
三、(本件解雇理由の不当性)
右二で述べたように、楠田の本件就業時間中の組合活動は正当であり、原告がこれを認めず就労の業務命令を発し、楠田がその業務命令に従わなかつたからといつて懲戒解雇するのは不当である。
又、楠田の水揚業績不良、就業成績劣悪は、右のような正当な組合活動に時間をとられた結果であるから止むをえなかつた。
従つて、就業規則による賞罰規定に照してみても、楠田には懲戒解雇の理由がない。
四、(本件解雇の不当労働行為性)
本件懲戒解雇は、原告が、自らの拙劣な労務管理の是正を怠りながら、水揚高の高揚を望むに急な余り、楠田の水揚高の過少は同人の本件のような就業時間中の組合活動がその原因であるとし、これを規制しようと考え、本件労働協約中の組合活動規制条項を楯にとり同人に就労の業務命令を発して圧力を加えたが同人がこれに屈せず本件組合活動を繰返したので為されたものである。
ところで、右二項で述べたように本件就業時間中の組合活動は正当なものであるので、正当な組合活動をなしたことをもつてなされた本件解雇は、組合活動家を排除しようとしてしたものであつて、正に労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であるから、本件救済命令は正当である。
五、(本件救済命令の給与相当額について)
「昭和三七年九月二九日から原職復帰に至るまでの間同人が受くべかりし給与相当額」とは、原告において通常行つている給与計算方法によつて一定の金額が算出されるはずであるから、原告が主張するように不確定不明確ではない。
よつて、いずれにしても本件救済命令は適法であつて、原告の本訴請求は棄却されるべきである。
第四、参加人両名の主張
次に記載する以外は、被告の主張と同一であるから、これを引用する。
一、(水揚業績劣悪・勤務成績不良について)
(一) 原告が、本件懲戒解雇にあたつて当初示した理由は、「昭和三七年一月以降八月までの水揚成績劣悪・勤務成績不良」ということであつた。そして昭和三七年一月度から八月度の楠田の水揚高が原告主張のように別紙(三)記載の通りであることは認める。
しかし、就業規則による賞罰規定の懲戒解雇事由には、右のような事由は存在しない。
(二) 然も、もしその水揚業績不良というのが、実働時間による水揚高によつていうのであれば、楠田のそれを不良というのは当らない。
即ち、右のような水揚業績の良否を正確に論じようとすれば、就業時間中であつても、自動車の修理、団交、組合活動、株主総会等で実際に働けない時間があり、通常の一日の勤務においても始業点検・終業点検・洗車等で車に乗れない時間が約一時間あるので、右のような実働しない時間を控除した就業時間とその水揚高との割合によらねばならない。そして右の方法で、楠田の昭和三七年一月より八月迄の実働時間一時間当りの水揚高を計算すると約四四五円となり、当時の小型タクシー業界の一時間平均の水揚高が四〇〇円であることを考えると、決して劣つていないことは明白である。
(三) 又、自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年八月一日運輸省令第四四号)には「一般乗用旅客自動車運送業者はーーーー運転者にその収受する運賃及び料金の総額が一定の基準に達し、又はこれを越えるように乗務を強制してはならない」とあるから、原告は運転手である楠田の業務成績の良否を水揚高によつて論ずることは許されないはずである。
(四) 次に水揚業績劣悪というのが、稼働日数・時間の僅少による水揚高の過少をいうのであれば、不稼働の事由にも、団交・年休・下車勤務・組合活動・病気等色々あり、不稼働の責任を一律に従業員に帰することはできない。従つてこの意味によつても、業務成績の良否を判断すべきではない。
(五) なお、原告の強調する楠田の昭和三七年七月の水揚高と給料との関係も、原告・組合間の協定で賃金を保障されていながら実際には稼働しない日数が、団交日数・五日、下車勤務日数・二日、特別休暇・三日計一五日もあり、そのために生じた結果であつて、その責任は楠田にはない。
よつて、右のような理由で、楠田を懲戒解雇するのは不当である。
二、(就業時間中の組合活動について)
(一) 原告は、後に本件懲戒解雇の理由として、「業務命令に違反し原告の承認なしに就業時間中に組合活動を行い、それが原告の規律・財産に重大な危険をもたらした。」ということを追加した。
しかし懲戒解雇は、解雇時に懲戒事由を明示すべきで、事後にその事由を追加することは許されないと考えるから、右理由は本件懲戒解雇の効力を判断する基準とならない。
(二) しかも、原告が業務命令違反を主張する昭和三七年四月から九月二九日迄の間、原告・組合間は正に争議態勢下にあつた。即ち昭和三六年末に妥結した年末年始手当が協定に反して支給されず昭和三七年四月二三日の春斗協定でようやく同年五、六月に支給されることになつたり、原告の営業開始以来の運転手に対する時間外手当が労働基準法に違反して全く支給されずにいたのが昭和三七年春斗の付帯要求として交渉され、五月九日と五月二七日の二回に亘つてようやく協定が成立して支払われることになつたのに、原告は賃金計算が出来ない等といつて右協定を履行しなかつた。又道路交通法違反者の罰金等の救済についても原告は五月二日、一旦全自交並みということで前月分の全額を組合へ一括贈与する旨約束しておきながら、同月一四日それを成文化する段階でその約束を八〇%反古にするような内容の文書を一方的に作成し、それを受入れなければ罰金等の救済資金を支給しないという態度に出た。更に原告は団交中の賃金保障協定についても、六月二〇日一方的にその不履行を通告し、八月二九日右協定を理由なく破棄した。又、原告は、六月二九日団交を打切ることを通告し、翌三〇日組合の林委員長を理由なく解雇し、七月七日には試用運転手に規定以上の夏期一時金を与えて第二組合結成をすすめ、同一五日試用運転手を建仁寺に集めて金品を供与し第二組合旗上を促した。そして原告は、七月二七日このような試用運転手を中心に第二組合が発足すると、直ちに同組合と協定を結び無制限に残業させる等の差別待遇をするようになつた。
楠田の就業時間中の本件組合活動は、右のような状態において専従員のない組合の団結を守るために必要かつ相当な限度で行われたものであるから、正当である。なお、本件組合活動がどのような状況下にどのような必要性に基いて行なわれたものであるかは、別紙(四)就業時間中の組合活動の内容に記載の通りである。
(三) 又、就業時間中の組合活動が組合の届出だけで許されるとの労使慣行が存在したことは、被告主張の通りであり、このような労使慣行を原告が一方的に破棄することは許されない。
(四) 従つて、右(二)、(三)項で述べたような正当な組合活動を禁止する原告の業務命令は、すべて違法であり、それに従わなかつたからといつて懲戒解雇の事由とはならない。
三、(本件解雇の不当労働行為性)
本件解雇の原告の真の意図は、楠田が組合の中心的活動家であつたので、同人を解雇して企業外へ排除すれば、組合が壊滅するか、少なくとも、弱体化すると考えたところにあり、本件解雇は不当労働行為である。
第五、証拠関係<省略>
理由
一、(当事者間に争いのない事実)
(一) 原告の主張一項記載の事実、被告が昭和三九年六月五日、原告のした楠田に対する懲戒解雇は同人が正当な組合活動をしたことを理由にした不当労働行為であるとして原告主張のような救済命令を発したこと、
(二) 楠田が組合の副執行委員長として就業時間中労働協約及び就業規則の規定に違反し、原告の警告、戒告、就労命令に反して、別紙(二)記載の通り二〇回に亘つて組合活動を行つたこと本件労働協約及び原告の就業規則には就業時間中の組合活動を禁ずる規定のあること、は当事者間に争がない。
二、(本件の争点)
原告は楠田の右組合活動は正当な組合活動でなく、同人に対する懲戒解雇事由は同人の右不当な組合活動に起因するものである。と主張し、被告及び参加人等は、右は正当な組合活動であると主張するから、検討する。
三、(「組合活動は就業時間外に」の原則)
(一) 一般に、労働者は労働契約に従つて、一定の労働力を一定時間使用者の下に提供することを義務づけられ、所定の労働時間中使用者の指揮命令に従つて就労しなければならず、就業時間中は、労働協約又は就業規則によつて容認されている場合並びに使用者の許可がある場合を除いて、原則として組合活動を行うことは許されず、「組合活動は就業時間外に」という原則が成り立つと考えられる。
(二) 従つて、本件労働協約中にその旨の規定が存在するといつても、それは単に当然の事が規定されているのに過ぎなく、たとえ、本件労働協約中の他の諸規定の中には、原告・組合間で実際に守られなかつた規定があつたからといつて、右規定も守らなくてもよく、就業時間中の組合活動が正当なものとして許されることにはならない。
それ故、右原則の適用を妨げる何等かの特別の理由がない限り、原告・組合間においても、就業時間中の組合活動は正当な組合活動といえないことになる。
四、(右原則の例外その一―労使慣行)
(一) 被告並びに参加人両名は、原告・組合間に組合の届出だけで就業時間中の組合活動が許されるとの労使慣行が存在したと主張する。
(二) ところで、成立に争いのない甲第一号証の一・二、同第二ないし九号証並びに同第一二ないし一四号証の各(イ)、同第九・一〇号証の各(B)・(C)、同第一一・一五号証の各(B)、乙第一号証の一六、同号証の二五、同号証の二六、同第二号証の甲第三四号証の六、証人楠田俊雄の証言の一部及び原告代表者本人尋問の結果によれば、昭和三六年八月一二日組合結成以来、組合が口頭又は電話で事前又は事後に届出るだけで、就業時間中の組合活動が行なわれ、同年一二月五日本件労働協約成立後更に同月二三日組合が地連加盟後も、地連の指導で右届出を書面によることに改めただけでその状態が続き、その間、時には当時の原告の支配人臼井勝之介の組合活動は就業時間に食い込まないようにやつてほしいとの注意に応じて組合が職場大会を夜勤者組と昼勤者組とに分けて就業時間外に開いたこともあつたが、組合が就業時間中に組合活動を行なうことに対して、右臼井は困まつた事だと会社内部で言つている程度で、その外特別に何等の手段をとらず、唯原告の車の運行整備を担当する山本信一が、楠田等にその都度口頭で注意するだけであつたところ、昭和三七年四月九日原告の支配人が蟹江邦彦(以下単に蟹江という)に替つてからは、原告は、最初は口頭で後に同月一四日以後は文書で、組合活動が就業時間に食い込まないように注意し、就業時間中の組合活動を認めないことを明確に、組合に通告するようになつたことが認められ、右認定に反する部分の証人楠田俊雄の証言は信用し難い。
(三) そこで、右事実からすると、原告の支配人が右臼田であつた時代の原告の労務管理がルーズであつたというに過ぎず、原告・組合間に被告等が主張するような労使慣行が未だ存在していたとは認められないし、他に右労使慣行の存在を認めるに足りる証拠はない。
五、(例外その二―争議態勢下の組合活動)
(一) 更に、被告並びに参加人両名は、楠田の本件就業時間中の組合活動を、原告・組合間の争議態勢下に組合運営のため必要かつ相当な範囲で行なわれたものであるから正当であると主張する。
ところで一般に(イ)労働者の労務の提供と対価関係にある賃金を遅欠している場合、労務の提供義務に対応して使用者に認められる労働者に対する指揮命令権が完全に機能しえなくなり、そのような状況下で使用者の賃金支払義務の懈怠と均衡のとれる限度で就業時間中に職場大会、デモ等の組合活動を行なうこととか、
(ロ)ストライキ等の実力行使を行なう場合には、その体制確立のための準備のための組合活動も憲法第二八条の保障する「その他の団体行動をする権利」に含まれると解されるから、そのような実力行使をする必要のある場合において、組合の執行委員が斗争体制確立のために必要な限度で、就業時間中に組合活動を行うこととかは、いずれも、賃金カツトの理由とはなりえても、懲戒処分の対象とすべきでないという意味で、正当な組合活動であり、右のような場合には、右の限度で「組合活動は就業時間外」の原則の例外事由になるが、それ以外に単に労使間に紛争が存在するというだけでは、特別の事情がない限り、右原則の適用が妨げられるものではないと考えられる。
(二) そこで本件について、みるのに、成立に争いのない乙第一号証の一四・一九ないし二一・二五・二六・二九の各一部、同号証の三八のロ、同号証の一七・一八、同第二号証の甲第二・三・六・八ないし一一・一三・一五・一七・一九ないし二二号証、証人楠田俊雄の証言の一部及び原告代表者本人尋問の結果によると、
1 昭和三六年一二月二五日に原告・組合間に成立した協定によれば、原告が年末年始手当を支払うことになつていたのに、仲々支払わず、同三七年四月二三日に成立した春斗協定で漸く同年五、六月に支払うことになつた。
2 昭和三五年一二月一〇日原告が営業を開始して以来従業員に支払われていなかつた時間外手当について、組合は昭和三七年二月一一日春斗の付帯要求としてその支払を原告に請求し、交渉の結果、同年五月九日に同三六年二月一五日迄の分を同三七年六月三〇日迄に支払うことを、更に同年五月二一日には同三六年二月一六日より同三七年四月三〇日迄の分を原則的に支払うこと及びその方法は組合と協議して決定することを、それぞれ決定しその旨の協定が成立した。そして原告は日報、記録テープ等を基礎に計算を始めたが仲々捗らず、後には組合も右資料により独自に計算を試みた。しかし同年七月二五日葵タクシー従業員組合(参加人のいわゆる第二組合、以下従組という)が成立すると、組合は従組に参加した従業員の分の計算について原告に協力しなくなり、右従業員に関する記録テープの行方が判らなくなつたりして、楠田の本件解雇当時にも、未だその計算が終らずその支払もなされなかつた。
3 道路交通法違反の罰金補償問題も、昭和三七年二月一一日春斗の付帯要求として、交渉が開始され、同年五月二日交通事件により罰金科料の処分を受けたとき、罰金科料又は訴訟に関する費用に充てるため、原告は組合員一名について一カ月一〇〇円を救済資金として組合に一括贈与する旨の協定が成立した。しかし地連では、昭和三八年春斗で右と同旨の協定が成立した外、裏協定と称して、各使用者との間に道路交通法違反の罰金科料訴訟費用等一切を使用者が負担する旨の約束ができていたところから、続いて開かれた同年六月一二日の団交の際、差当り組合が必要としている罰金等四七、〇〇〇円の支払に関して、右裏協定の実施をも主張して四七、〇〇〇円全額の組合への一括贈与を要求する組合と、裏協定を認めず組合員一人当り一〇〇円の救済資金の組合への贈与とそれを越える部分の組合員個人への貸与を主張する原告との間に、右裏協定をめぐつて紛争が生じ、同年六月二七日に行なわれた団交においても、双方の主張に歩み寄りがなく、原告の代表取締役として出席していた蟹江が酒気をおびて団交にのぞんだとして組合が蟹江を非難したのを発端に、夏期一時金の団交が行なわれた同年七月五日を最後に、以後本件解雇の同年九月二九日に至るまで、原告・組合間に団交は開かれず、右罰金問題は解決されなかつた。
4 また、昭和三七年四月二三日に成立した団体交渉中の賃金保障協定について、原告は、同年六月二〇日右賃金保障を打切る旨通告し、同年八月二七日右協定を一方的に破棄した。
5 昭和三七年の春斗で成立した基本給二七、〇〇〇円の賃金体系が残業時間の関係等で組合員の意思を反映していないとか、原告が元来経営者に株式を集中することなく、従業員にも過半数の株式を分け民主的な経営をすることを目的に発足したのにかかわらず蟹江が多くの株式を独占していることを不満とする株主組合員と右蟹江との経営権の争いが組合活動に入つているとして、組合に不満を持つていた組合脱退者と非組合員計一九名が、昭和三七年七月二五日に従組を結成した。そして従組は同月二八日原告との間に基本給二四、〇〇〇円・実働八時間・休憩一時間・残業一時間とする新賃金体系を協定し、組合が春斗で獲得した賃金協定をくずし、実際には従組々合員は右協定以上の残業を行なうことを原告に認められるようになつた。
(なお、参加人等が主張するように、昭和三七年中頃試用運転手に蟹江が金員を貸与した事実はあるが、それは組合の行なつた夏期一時金要求によつて得る所の少なかつた非組合員の試用運転手が直接蟹江に交渉した結果であり、従組結成との結びつきは認められない。)
6 右従組結成後、組合は昭和三七年七月二七日別紙(二)記載の12番の全員集会(以下単に番号12の組合活動という)を開いて、従組結成に対する対策を検討し、原告が従組の結成を助けたと非難し従来原告との間に成立していた労働協約の完全履行を求めて、スト権を確立し、スト指令権等を地連へ委譲するとの決定をし、翌二八日その旨原告に通告したが、実際には、ストライキを行なわなかつた。
等の事実が認められ、右認定に反する記載のある乙第一号証の一四・一九ないし二一・二五・二六・二九の各一部及び証人楠田俊雄の証言は信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 右認定事実からすると、本件組合活動のうち番号12の組合活動は、組合分裂・第二組合(従組)成立という組合にとつての非常時に行なわれたものであり、その活動内容やそれに要した時間等からみて、前記(一)の(ロ)に説示の意味において正当な組合活動と認められる。しかし、右以外の一九回の本件組合活動については、前認定のように年末年始手当の支払が遅れ時間外手当が支払われていなかつたとは言え未だ前記(一)の(イ)に説示の意味において、就業時間中の本件組合活動を正当化する程の原告の賃金支払義務の不履行があつたとは言えないし、又、原告・組合間に時間外手当の支払や道路交通法違反者の罰金補償の問題等をめぐつて紛争があつたとは言え、前記(一)の(ロ)に説示の意味で就業時間中の本件組合活動を正当化する程の争議状態にあつたことを認めるに足らないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。又、他に本件就業時間中の組合活動を正当化するような特別の事由を認めるに足りる証拠は何もない。
六、(結論)
(一) 以上検討してきたように、楠田の本件就業時間中の組合活動のうち、番号12の組合活動は、懲戒処分の対象とすべきでないという意味で、労働組合法第七条第一号の保護しようとする正当な組合活動と認められるが、他の一九回の本件組合活動については、正当な組合活動と認められないから、同人が右のような就業時間中不当な組合活動をしたため水揚業績劣悪、就業成績不良を来たしたとし、同人を懲戒解雇したことを目して、同人が正当な組合活動をしたことを理由に同人を企業外に排除するためにした懲戒解雇であつて不当労働行為であると認めて発した被告の救済命令は、右解雇の効力の有無はさて置き、事実を誤認したものと言わねばならない。
(二) もつとも、参加人等は、本件解雇を楠田が組合の中心的活動家であることを理由になされたと主張するが、それが単に労働組合法第七条第一号の「労働組合の組合員の故」をもつてなされたことを意味するのであれば、その事実を認めるに足りる証拠はなく、又、それが楠田が中心となつて組合活動を行なつたという点に重点がある趣旨のものであるならば、楠田の行なつた組合活動の中には本件就業時間中の不当な組合活動も含まれるのであるから、結局右(一)で検討したところと同じことになる。
(三) よつて、いずれにしても、本件解雇を労働組合法第七条第一号の不当労働行為に当るとしてなされた本件救済命令は、違法であり取消さるべきであるので、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九四条後段を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 喜多勝 白石嘉孝 河田貢)
(別紙(一))
主文
被申立人は楠田俊雄を原職に復帰せしめるとともに、昭和三七年九月二九日から原職復帰に至るまでの間、同人がうべかりし給与相当額を支払わなければならない。
(別紙(二)~(四)省略)